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PEGASUS-TIMI 54 Prevention of Cardiovascular Events in Patients with Prior Heart Attack Using Ticagrelor Compared to Placebo on a Background of Aspirin–Thrombolysis in Myocardial Infarction 54
結論 心筋梗塞(MI)を発症してから1年以上経過している患者において,ticagrelorは心血管死+心筋梗塞+脳卒中の複合を抑制したが,出血リスクは増加した。
コメント  心筋梗塞急性期のアスピリンの服用により心血管死亡率減少効果を示したISIS-2の発表から,20年以上が経過した。ランダム化比較試験の繰り返しによる標準治療の確立により,心筋梗塞急性期の予後は著しく改善した。心筋梗塞後1年以上も経過した症例の心血管イベントリスクも,標準的なアスピリン,スタチン,降圧薬の適切な使用により減少している。新規薬剤を開発しても,対象とする心血管イベントリスク自体が低下してしまっているため,薬剤の有効性,安全性の科学的検証はきわめて困難な時代となった。
 チカグレロールは,抗血小板薬クロピドレルの活性体の薬効標的P2Y12ADP受容体の選択的阻害薬として開発された。P2Y12ADP受容体阻害薬に分類されるクロピドレル,チクロピジン,プラスグレルは,チエノピリジンと総称される構造を有する。薬剤自体には抗血小板作用はない。比較的寿命の短い活性代謝物がP2Y12ADP受容体と可逆性の低い結合をすることにより,薬物血中濃度とは相関しない抗血小板作用を呈する。チカグレロールの構造はATPに類似している。薬剤自体が可逆的にP2Y12ADP受容体に結合する。チカグレロールの抗血小板作用は薬剤の血中濃度に応じて増減する。
 上記の薬効発現メカニズムが理解されても,臨床効果の予測はできない。急性冠症候群では,180 mgのチカグレロールローディング後に90 mgを1日2回服用することにより,心筋梗塞/心血管死亡/脳卒中の複合エンドポイントが標準治療のクロピドレル群よりも低いことが示された。理由は不明であるが,チカグレロール群では死亡率がクロピドグレル群に比較して低く,重篤な出血イベントは増える傾向があったものの,統計学的差異に至らなかった。急性冠症候群におけるPLATO試験の成功を受けて,欧州を中心に急性期の冠動脈疾患の標準治療のクロピドレルからチカグレロールへの転換が図られている。わが国はPLATO試験に参加しなかったので,欧州における標準治療転換の流れの影響はわが国には及んでいない。
 適応拡大を目指すスポンサーが,「急性期」でよかった薬剤なら「慢性期」も含めて長期投与の標準治療としての適応取得を目指すのは自然な流れである。今回のPEGASUS-TIMI 54試験は,心筋梗塞後1年以上経過している症例のうち,リスクの高い症例における長期のチカグレロール追加投与の有効性,安全性を検証した。抗血小板薬アスピリンが基盤に使用されているため,本試験はアスピリン群とアスピリン/チカグレロール併用療法の比較試験となる。抗血小板併用療法では出血性合併症の増加が懸念されるので,急性期に用いた90 mg 1日2回とともに60 mg 1日2回のチカグレロールのアームも設けられた。急性冠症候群を対象としたPLATO試験にはわが国は参加しなかったが,PEGASUS試験にはわが国も参加した。
 追加リスクがあるとは言っても,標準治療の進歩により,心血管イベント発症率の低下している1年以上経過した心筋梗塞症例のイベント発症率は低い。長期のチカグレロールによる心血管イベント発症リスク低減効果の有無の検証には世界から21,162例の登録を要した。わが国も本格的に参加し,症例登録は903例に達した。心筋梗塞後1年以上経過した追加リスクのある症例の心血管死亡/心筋梗塞/脳卒中の発症率は9.04%/3年,すなわち,年率3%程度であった。圧倒的多数はイベントが起こらないが,年間100名のうち3名程度が心血管死亡/心筋梗塞/脳卒中を起こすというデータは臨床医の感覚と大きな乖離がない。60 mg 1日2回,90 mg 1日2回のチカグレロール追加を行った症例の心血管イベント発症率は各々7.77%/3年,7.85%/3年と年率2.6%程度となった。圧倒的多数はイベントを起こさないが,患者集団としてみた場合にはいずれの用量のチカグレロールも心血管イベントを減少させるというのが,本試験が示した「臨床の科学」の結論である。
 患者集団が数値として「心血管イベント発症率の減少効果」を得るための対価としての「重篤な出血イベント」の増加分はどの程度であろうか?われわれは,アスピリン投与による重篤な出血イベントリスクを0.2~0.5%程度と理解していたが,実際本試験でも1.06%/3年に重篤な出血イベントが起こることを示した。本試験が臨床医の感覚と大きく乖離していないことを裏付けた。60 mg 1日2回,90 mg 1日2回のチカグレロールを追加すると,重篤な出血イベント発症率は2.30%/3年,2.60%/3年と増加した。アスピリン単剤にて,年間0.3%に起こっていた重篤な出血イベントが年率0.8%に増加することを容認できれば,心血管イベント低減のメリットを得られる勘定である。抗血小板薬により惹起される出血は,抗凝固薬よりは一般に軽い。チカグレロールの追加により,頭蓋内出血,致死性出血が増えなかったことにより,可逆的なP2Y12阻害薬により出血は増えるが,増える出血は致死性ではないことが確認された。
 臨床医にとって,ランダム化比較試験は「臨床的仮説の科学的検証」を目指して施行される。企業にとってのランダム化比較試験は当局による適応取得,適応拡大が目的である。イベント発症率の低い患者集団を対象とした試験では,「プロトコール通り」試験が実施される必要がある。ATPに構造が類似したチカグレロールでは,徐脈,呼吸困難感などの自覚的副作用の発現リスクが高い。試験薬の服薬中止を経験した症例がプラセボ群にて21.4%, チカグレロール60 mgにて28.7%,90 mg群にて32.0%であった。服薬中止の有無にかかわらず,ランダム化された症例の追跡には全力をあげた。99.2%の症例についてイベントの追跡を行えたのは,2万人を超える国際共同試験として質が高いと論じてよい。
 試験を計画した臨床医たちにとって,PEGASUS試験は臨床的仮説の検証に成功した試験であった。規制当局がデータをどのように解釈するかの予測は困難であるが,試験のスポンサーにとっても「心筋梗塞後1年以上経過した症例」でも,チカグレロールによる心管イベント低減効果を示したPEGASUS試験は成功と評価されるであろう。試験にもとづいて,薬剤を処方する臨床医,実際に薬剤を服用する患者にとって「年率0.4%の心血管イベント低減効果」というメリットと「年率0.5%の致死的でも頭蓋内出血でもない重篤な出血イベント増加」というデメリットを如何に評価するかはきわめて微妙な問題である。膨大なPEGASUSの臨床データの詳細なサブ解析により,メリットを得るが,デメリットを被らないサブ集団の同定ができればよいと筆者は考えるが,皆さんはどう思うだろうか?(後藤信哉

目的 MI既往患者では,長期間虚血イベントリスクが高い状態が継続する。本試験では,MIの既往がある安定患者において,長期のticagrelor+低用量aspirin併用は主要有害心血管事象を抑制するという仮説を検証した。有効性の主要評価項目:心血管死+心筋梗塞+脳卒中の複合。安全性の主要評価項目:TIMI出血基準大出血
デザイン 無作為割付,二重盲検,プラセボ対照試験。NCT01225562。
セッティング 多施設(1,161施設),31ヵ国。
期間 登録期間は2010年10月~2013年5月。追跡期間中央値33ヵ月。
対象患者 21,162例。自然発症心筋梗塞発症から1~3年以内,50歳以上で,以下の追加リスクを1つ以上有する症例(65歳以上,薬物療法を要する糖尿病,2度目の自然発症心筋梗塞既往,多枝疾患,慢性腎障害[クレアチニンクリアランス<60mL/分])。
【除外基準】試験期間中にP2Y12受容体拮抗薬,dipyridamole,cilostazol,抗凝固療法を予定,出血性疾患または脳梗塞/頭蓋内出血既往,中枢神経系腫瘍,頭蓋内血管異常,消化管出血発症から6ヵ月以内,大手術から30日以内。
【患者背景】平均年齢は90mg群65.4歳,60mg群65.2歳,プラセボ群65.4歳。各群の女性23.9%,23.6%,24.3%。白人86.9%,86.3%,86.7%。高血圧77.5%,77.5%,77.6%。高コレステロール血症76.7%,76.4%,77.1%。糖尿病31.8%,32.8%,31.9%。多枝疾患58.9%,59.5%,59.6%。MI発症からの経過期間中央値1.7年,1.7年,1.7年。MIの病型:ST上昇型 53.4%,53.4%,54.0%,非ST上昇型41.1%,40.4%,40.3%。
治療法 以下の3群に無作為割付。
90mg群:7,050例。ticagrelor 90mg 1日2回投与。
60mg群:7,045例。ticagrelor 60mg 1日2回投与。
プラセボ群:7,067例。
全例にaspirin 75~150mg/日を投与。待機的主要非心血管手技を予定された患者には,手技の5日前に試験薬を中止し,担当医が適切と判断してから再開した。
追跡完了率 有効性の主要評価項目の追跡完了率は99.2%。
結果

●評価項目
有効性の主要評価項目(3年後の発症率)は90mg群7.85%,60mg群7.77%,プラセボ群9.04%で,ticagrelorの両用量ともプラセボにくらべ抑制された。
90mg:HR 0.85;95%CI 0.75-0.96,p=0.008。
60mg:HR 0.84;0.74-0.95,p=0.004。
[心血管死]90mg:HR 0.87;0.71-1.06,p=0.15,60mg:HR 0.83;0.68-1.01,p=0.07。
[MI]90mg:HR 0.81;0.69-0.95,p=0.01,60mg:HR 0.84;0.72-0.98,p=0.03。
[全脳卒中]90mg:HR 0.82;0.63-1.07,p=0.14,60mg:HR 0.75;0.57-0.98,p=0.03。
[脳梗塞]90mg:HR 0.85;0.64-1.14,p=0.28,60mg:HR 0.76;0.56-1.02,p=0.06。
安全性の主要評価項目は90mg群2.60%,60mg群2.30%,プラセボ群1.06%で,ticagrelorの両用量ともプラセボにくらべ多かった。
90mg:HR 2.69;1.96-3.70,p<0.001。
60mg:HR 2.32;1.68-3.21,p<0.001。
致死性出血または非致死性頭蓋内出血は90mg群0.63%,60mg群0.71%,プラセボ群0.60%で,同程度であった。
(HRはすべてプラセボに比して)

●有害事象
呼吸困難は90mg群18.93%,60mg群15.84%,プラセボ群6.38%で,ticagrelorの両用量ともプラセボにくらべ多かった(いずれもp<0.001)。
試験薬中止に至った呼吸困難は90mg群6.50%,60mg群4.55%,プラセボ群0.79%で,ticagrelorの両用量ともプラセボにくらべ多かった(いずれもp<0.001)。

文献: Bonaca MP, et al.; PEGASUS-TIMI 54 Steering Committee and Investigators. Long-Term Use of Ticagrelor in Patients with Prior Myocardial Infarction. N Engl J Med 2015; 372: 1791-800. pubmed
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