抗血栓トライアルデータベース
home
テキストサイズ
JPPP Japanese Primary Prevention Project
結論 アテローム動脈硬化性リスク因子を有する60歳以上の日本人患者において,低用量aspirin 腸溶錠1日1回投与は非投与にくらべ,心血管死+非致死的脳卒中+非致死的心筋梗塞の複合エンドポイントを抑制しなかった。
コメント  本論文の筆頭著者の池田康夫先生は,筆者の師匠である。しかし,個人的関係にかかわらず,本論文は企業主導の治験以外の臨床試験の質が一般的に低い本邦の試験として例外的に,読み応えのある論文である。本論文では,検証された仮説が明確に記載されている。筆者らは「低用量アスピリンの服用により症例登録から心血管死亡,心筋梗塞,脳卒中発症までの期間を延長」できるか否かの検証を目指して,本研究を施行した。筆者らは池田康夫先生と共同して,日本人の冠動脈,脳血管,末梢血管疾患およびそれらのリスクの高い症例の心血管死亡/心筋梗塞/脳卒中の発症率は,欧米諸国よりは低くても3.40%(95% CI 2.76 to 4.04)と報告している(Goto S, et al. Heart Asia 2014)。本論文の著者らによる試験前の推定イベント発症率(1.5~2.0%)はきわめて妥当であった。本論文では,動脈硬化病変のない一次予防コホートが対象とされている。高血圧,脂質異常症,糖尿病などのリスク因子を有している症例であっても,動脈硬化疾患の合併のない本邦の症例の心血管イベント発症率は,当初の予測よりも圧倒的に低かった。抗血栓薬を気軽に使用している欧米人の感覚に違和感を覚えている日本人医師として,本研究は日本人症例の血栓イベントリスクが実態として本当に低いことをあらためて明確に示した。
 本研究は,当節話題のPROBE法にて施行された。PROBE法であっても,臨床試験は臨床家に役立つ情報を提供することを本研究は示した。すなわち,本研究にはアスピリン群の結果をよく見せようとの色気がない。14,658例もの症例がランダム化されている。観察期間も5年と長い。5年間観察しても,アスピリンの服用の有無にかかわらず心血管死亡,心筋梗塞,脳卒中の発症率は3%に満たない。医師がよいのか,患者さんがよいのか,医療供給体制がよいのかは不明であるが,本邦で診療を受けている高血圧,脂質異常症,糖尿病などの症例は心血管イベントを起こさない。心血管病の一次予防との観点では,われわれは欧米に学ぶ国ではなくて,世界に教える国になっていることを事実として明確に示した。
 本論文は「日常臨床の経験の通りだ」と頷きながら読める論文である。本邦では心血管病による死亡リスクは低い。心筋梗塞に比較すれば脳卒中が多い。目立つ程度に頭蓋内出血が多く,頭蓋内出血発症率はアスピリン服用群に多い。観察期間内の死亡の多くは非心血管イベントであり,記載されてはいないが「ガン」が本邦の死因として重要であることを明確に示している。非致死性心筋梗塞,TIAの発症はアスピリン服用群において低い。アスピリンを服用すると上部粘膜症状が多い。しかし,アスピリンを服用しても心血管死亡率などは影響を受けないので,一次予防症例で一律にアスピリンを服用する必要性は低い。アスピリンのベネフィットを享受できる患者群について,更なる解析がまたれる。
 本研究の限界も論文において明確に指摘されている。結論も明確である。本邦の臨床研究につきものの「症例数が少ない」,「観察期間が短い」,「ソフトエンドポイントを用いて見かけ上のイベント発症率を増やしている」などの欠点が本論文にはない。筆者の師匠である池田康夫先生は,1990年代に「これからは臨床の科学の時代である」と筆者を指導した。自らの師匠が,まさに師匠に相応しい立派な仕事を成し遂げて成果を世界に示した。「日本でも質の高い臨床研究は可能である」し,「数値データベース化された日本のデータは日本の医療の結果が世界に冠たるものであることを明確に示した」。このweb pageを読んだ読者は,是非本論文の原著をお読み頂きたい。本邦にも真の意味でのclinical trialistsが存在する。久しぶりに感動を以て読むことのできる,インパクトの高い臨床論文であった。(後藤信哉

目的 日本人の高血圧,脂質異常症,糖尿病患者において,低用量aspirin 腸溶錠1日1回投与は非投与にくらべ,アテローム動脈硬化性イベント発症までの時間を延ばすという仮説を検討した。有効性の主要評価項目:心血管死(心筋梗塞,脳卒中,その他),非致死的脳卒中(虚血性または出血性,未確定の脳血管イベントを含む),非致死的心筋梗塞の複合。安全性の主要評価項目:輸血または入院を必要とする重篤な頭蓋外出血。
デザイン PROBE試験。有効性:modified intention-to-treat集団における解析。安全性:割り付けられた全例における解析。
セッティング 多施設(1,007施設),日本。
期間 登録期間は2005年3月~2007年6月。追跡終了は2012年5月。
対象患者 14,464例。60~85歳,アテローム動脈硬化性疾患の診断をうけておらず,高血圧(SBP≧140mmHgまたはDBP≧90mmHg),脂質異常症(総コレステロール[C]≧220mg/dL,LDL-C≧140mg/dL,HDL-C<40mg/dL,トリグリセリド≧150mg/dL),糖尿病(空腹時血糖値≧126mg/dL,75g糖負荷試験にて全血糖値または2時間血糖値≧200mg/dL,糖化ヘモグロビン≧6.5%)のいずれかを有する患者。
【除外基準】冠動脈疾患または脳血管疾患(TIAを含む)既往,手術もしくはインターベンションを必要とするアテローム動脈硬化性疾患,心房細動,消化性潰瘍,出血関連疾患,重篤な血液異常,aspirin感受性喘息,aspirinまたはサリチル酸過敏,抗血小板薬/抗凝固薬/非ステロイド性抗炎症薬服用中。
【患者背景】平均年齢はaspirin群70.6歳,非投与群70.5歳。各群の男性42.3%,42.4%。リスク因子:高血圧84.9%,84.8%,脂質異常症72.0%,71.8%,糖尿病33.9%,33.9%,高血圧+脂質異常症59.2%,58.9%,脂質異常症+糖尿病24.8%,24.8%,高血圧+糖尿病26.8%,26.8%,すべて20.0%,19.9%。aspirin群のアドヒアランス:1年目88.9%,5年目76.0%。非投与群のaspirin使用開始率:1年目1.5%,5年目9.8%。
治療法 スクリーニング時および原則として試験期間を通し,高血圧,脂質異常症,糖尿病の治療は日本のガイドラインにしたがって行った。スクリーニング時から約1ヵ月後,アテローム動脈硬化性疾患リスク因子(高血圧,脂質異常症,糖尿病)により層別化後,以下の2群に無作為割付。
aspirin群:7,220例。投与中の薬物療法+低用量aspirin 腸溶錠1日1回投与。
非投与群:7,244例。投与中の薬物療法のみ。
登録後の抗血小板薬,抗凝固薬の使用は禁止とした。
追跡完了率 脱落はaspirin群791例,非投与群753例。
結果

●評価項目
中央値5.02年追跡時において,試験の有益性が得られないことが明らかになったため,中止となった。
イベント発症は以下の通り。
致死性イベント:aspirin群56例 vs. 非投与群56例。
非致死性脳卒中:114例 vs. 108例。
非致死性心筋梗塞:20例 vs. 38例。
未確定の脳血管イベント:3例 vs. 5例。
主要評価項目の5年累積発症率は,両群で同程度であった;aspirin群2.77%(95%CI 2.40-3.20)vs. 非投与群2.96%(2.58-3.40),HR 0.94;0.77-1.15,p=0.54。
aspirinは非致死的心筋梗塞ならびにTIAを抑制した。
非致死的心筋梗塞:0.30%(0.19-0.47)vs. 0.58%(0.42-0.81),HR 0.53;0.31-0.91,p=0.02。
TIA:0.26%(0.16-0.42)vs. 0.49%(0.35-0.69),HR 0.57;0.32-0.99,p=0.04。
aspirinは輸血または入院を必要とする頭蓋外出血リスクを上昇させた;0.86%(0.67-1.11)vs. 0.51(0.37-0.72),HR 1.85;1.22-2.81,p=0.004。

●有害事象

文献: Ikeda Y, et al. Low-Dose Aspirin for Primary Prevention of Cardiovascular Events in Japanese Patients 60 Years or Older With Atherosclerotic Risk Factors: A Randomized Clinical Trial. JAMA 2014; 312: 2510-20. pubmed
関連トライアル AAA, AAASPS 2003, Carrero JJ et al, COMPASS, Dutch-TIA Trial, EAFT 1993, ECLAP, ESPRIT , JAMIS, JAST, JPAD, OPTIMIZE, PHS, Physicians' Health Study 1991, SYNERGY long-term outcomes, TRA 2P-TIMI 50 previous myocardial infarction, WHS, 安定循環器疾患に対する低用量aspirin
関連記事